大きな被害が出た岩手県宮古市の市魚市場が11日、再開した。「宮古は水産業をあきらめない。そんなメッセージを一刻も早く全国に発信したい」。震災から1カ月での復活には、漁協組合長の強い思いがあった。
この日は、朝から近郊の港で揚がったタラなどが競りにかけられる予定だったが、陸送トラックのタイヤがパンクして来られなくなったため、急きょ中止に。午後に、宮古漁協所属のトロール船などでとれた魚の水揚げと競りが予定されている。
市場を運営する宮古漁協組合長の大井誠治さん(76)は「少し残念だけど、焦りはない。まずはきょう、市場の再開を果たせたことを喜びたい」と話す。
震災が起きた先月11日。大井さんは理事を務める全漁連による陳情のため、東京にいた。「一刻も早く対策の陣頭指揮をとりたい」と帰路を模索したが、交通機関がまひ。足止めされ、宮古へ戻れたのは震災から3日後の14日だった。
震災後、初めて目にした魚市場は、津波で屋根と柱しか残っていなかった。多くの漁船や漁具が流失し、冷凍・冷蔵庫も壊滅していた。「天災とはいえ、こんなに徹底的にやられるなんて」。つい先日まで活気のある競りのかけ声がこだましていた。そう思うと、涙がこぼれた。
宮古生まれの宮古育ち。父が水産会社を経営しており、幼少の頃から市場に親しんできた。自身も、漁業と加工を兼業する水産会社の社長としても市場にかかわってきた。
製氷工場は損壊したが、氷の一部を貯蔵する宮古漁協の田老地区工場は被災を免れ、市場運営に必要な氷の3〜4カ月分は確保できていた。氷を砕く機械も軽い故障で済んでおり、遠くない将来に市場を再開できると直感した。
漁協職員ら約20人は震災3日後から市場内のがれきや泥の撤去に着手。フォークリフトやスコップなどで少しずつ清掃した。家が流された職員もいるが、ほぼ休みのない日々が続いた。大井さんは「魚市場再開が宮古市の復興につながるという気持ちでみんながやってくれた」と振り返る。
震災では、県内の111漁港のうち105港が被害を受けた。水産業全体の被害額は1千億円を超えた。それでも大井さんは前を向く。
「マイナスからのスタートなのは間違いないが、宮古が東北の水産業を引っ張るつもりでがんばりたい」(長野佑介)
朝日新聞

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