2011年4月28日木曜日

碧いうさぎ通信

めぐリズム送ったら、





碧いうさぎ「あれ、熱過ぎんだげど。なんか魚正の匂いするし。」







俺「あ、そう。使ったごどねーんだよね。寝返りどがうでんのがな
って思いながらおぐった。」







碧いうさぎ「いや、使ってみでがらおぐってよ。
まあ、寝れだんだげどさ。熱過ぎで面白がったがら、
誰がにあげでみる。」









とりあえず寝れたらしい、よしとしよう。うん。






    2011年4月25日月曜日

    負のスパイラル

    医者「ふんふん、ということは、一度熱が下がったから、
    園に行かせて、で、その日にまた熱があがったんですね。
    なるほど。あれですね、新しい風邪ひいてますね。
    最初のやつは治って、園に行って、また別のやつをうつされてたんですよ。
    よくあるはなしです。子供さんによっては1ヶ月くらいこれを繰り返したりします。」



    あ、マイミクのえにしんが言ってたはなしだ。



    で、嫁。風邪ひいて声が椿鬼奴。


    オレ、風邪ひいてハナズルズル。



    あれ?



    最悪、夫婦のどっちかの風邪をもらうパターンもあり得ると…?



    なんというスパイラル。



    医者「とにかく休んで、休ませてください。
    ゴールデンウイークも遊びに行かないでください。」




    あ、はい…。





    え!?

    ピッチャー、藪。

    坐薬を入れるのは38.5を超えてから。


    38.4


    悩ましい。


    嫁が帰ってくるのを待つ。


    嫁が帰ってきてから、町田さんに。


    町田さんとは。


    嫁も嫁の妹も嫁の母もお世話になったという伝説の京都の町医者。


    京都の中でも5本の指に入るという名医(義母談)。


    受け付け。


    女子3人。


    嫁「別の小児科に行ってたんですが、薬が切れてしまいまして、こちらで」


    受付嬢「あーそういうのは院長にお伝えください。保険証もらえます?」



    ・・・・・。




    院長「こちらどうぞ」



    心音を聞いたり、背中をみたり、喉をみたり。




    娘、じっと院長を見ている。



    我々夫婦も院長を見る。




    院長、無言。




    ゆっくり語り始めた。




    院長
    「うーん、熱が5日以上続いてるわけやから、
    もうこれは、いやべつのとこでみてもらっかたらとかそう
    ことをいうわけじゃのうてね、やっぱりけんさしたほうが
    いいかなとおもうわけ。あーこのていどであればねできるわけよ。
    でもこのていどではわからんものもあるのよ。
    肺炎のうたがいもあるしね」





    肺炎!?




    院長「まあ、けんさいうても?うちでできるけんさ
    なんてのはしれてるし、まあおたくさんらがめんどくさい
    いわんねやったらおおてのびょういんにしょうかいじょうかく
    さかいそちらにいってもええんとちゃうかなあ。うちではしれてるわ。
    うん。にっせき、まあこくりつやとまたされるばっかりやからなあ、
    けんさとなったら入院になるやろしなあ」




    入院!?




    院長「どないしはります?にっせきしはります?
    そうですか、ほな、聞いてみましょ。
    あかんか、あかんみたいやわ、どうしますたけだかふちょうまえの
    にっせきもあるけど、たけだにしますかちかいさかいね。
    じゃあしょうかいじょうかきますさかいな。」





    ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ






    肺炎?入院?
    ただの風邪だとばかりおもっていた。
    こんなことなら熱が一日下がったからといって園に
    行かせなきゃよかった。
    なんてこった。熱が続くと障害が残るっていうし。
    あーもう。






    ドドドドドドドドドドドド





    車内、娘のハアハアという息遣いのみが響く。





    義母と合流し、武田病院へ。





    診察。





    娘、ニコニコ。




    医者「あれ?笑ってるね。えーと、なんでうちに急患扱いで
    時間外に来たんでしたっけ?検査?ん~、インフルエンザやったら
    もうわからん時期にはいってるからやっても意味ないしね。
    とりあえず肺炎ってのはないかな。とりあえず、風邪だね。
    うん。え?入院?いや、入院ってのは水も飲まない、
    ご飯も食べない、便もでない、という状態の患者さんを補助、
    サポートする程度なんです。それができている患者さんを
    入院させる必要ないですよ。薬だしますから、一日様子見て、
    明日も熱が下がらないようだったらまたきてください。」





    とりあえずひと安心。





    明日熱が下がることを祈る。





      おねつ

      娘の熱が下がらない。 


      下がったと思ったらまた上がってる。 


      薬でなんとか一時的に下がってるだけ。 


      もう坐薬がなくなる。残り1発。 


      鼻水も止まらない。薬が効いてない気がする。 


      またもらいに行かなくては。 


      つーか、もう12日目なんだけど。 


      ほんとに風邪か?血液検査もしたけど特に異常なしだとさ。 




      娘には震災後とても負担をかけた。 


      嫁に協力してもらって、夫婦二人で安否確認の日々。 


      娘は毎日不安そうな顔をする親を見て過ごしたからなのか、 


      震災3日目くらいで愛想笑いをするようになった。 


      夫婦でびっくりしたのを覚えている。 


      まだ1歳にもなってない娘が気を使っている。 


      とても悲しくなった。 


      もう、震災の事からは離れよう。と思ったものの、やはり気になり、 


      テレビやパソコンをいじくる。 


      園で聞いたら、通常は2~3日で風邪は治るらしい。 


      一見、元気そうにテレビガイドを破ったり、 


      テレビのリモコンをいじっていたりするが、 


      熱を計ると38度を超えている。 


      それも娘なりに気を使っているのかもしれない。 


      考えすぎか? 


      目の前の命を見つめなおさないといけない。 

      東電、賃金5%賞与50%削減へ

      東電 賃金5%賞与半分程度削減へ
      東京電力は、福島第一原子力発電所の事故に伴う周辺地域への賠償資金を確保するため、一般社員の月々の賃金を5%、賞与を半分程度、いずれも削減することを労働組合に申し入れたことが分かりました。


      東京電力は、福島第一原発の事故で避難や屋内退避を余儀なくされている、合わせて5万世帯に対し、損害賠償の仮払補償金として、およそ500億円を支払う方針ですが、被害は地域の住民生活だけでなく、農業や漁業などにも広がっているため、損害額は最終的に数兆円規模に上るとみられています。
      東京電力は、賠償に充てる資金を確保するため、労働組合に給与の削減を申し入れたことが分かりました。関係者によりますと、一般社員3万2000人について、月々の賃金を5%、賞与を半分程度、いずれも削減し、年収ベースでは20%程度の減額になるということです。経営陣や管理職は、さらに踏み込んだ削減を行う方針 です。

      また、ことし4月には1000人余りだった新入社員の採用を、今後5年間に わたって、毎年100人以上減らす方針で、こうした合理化で捻出する資金を賠償に 充てていくことにしています。
      http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110421/k10015467601000.html




      えっ!?

      半分でもボーナス出んの?

      えっ!?


      (」゜□゜)」

      2011年4月21日木曜日

      【宮古】児童が久しぶりの運動 重茂小で体育館開放





      http://www.iwate-np.co.jp/hisaichi/h201104/h1104212.html 




       宮古市重茂の重茂小(浅野尚之校長、児童61人)は20日、同校体育館で自由参加イベント「学校で遊ぼう」を開き避難所生活の子どもらが久しぶりの運動でストレスを発散した。 

       25日の始業式を控え児童約30人が参加。東日本大震災以来の集団活動とあって、避難所の子も自宅の子も汗だくになってドッジボールやユニホックを楽しんだ。 

       体育館は新築で、同日は児童にとって「使い初め」。木の香りがする床の上をはじける笑顔で走り回った。 

       学校によると、同校児童は避難所2カ所で12人、親戚宅などで3人の計15人が避難生活を送る。同市音部の笹見内地区会館にいる飯岡旦陽(あさひ)君と山崎竜聖君(ともに6年)は「退屈だったので久しぶりに動いて楽しかった」と汗を拭った。 

       藤井新一副校長は「避難所で子どもたちは思い切り動くことや大声で叫ぶことができない。みんな目が輝いている」と元気な様子に目を細めた。 

      【写真=高く放り投げたボールを待ち構える子どもたち。久々の運動に白い歯がのぞく=宮古市・重茂小体育館】 




      岩手日報

      三陸の幸を、おあげんせ  佐々由さんが一部販売再開

      http://www.rakuten.ne.jp/gold/sasayosi/?scid=rm_203346 



      取引先への贈答品に僕がよく利用する「佐々由」さん。 

      一部の販売を再開したようですのでお取り寄せや贈り物にご活用ください。 

      以下、店長さんのメッセージ。 




      ---------------------------------------------------------------- 


      この度東日本大震災によりお客様に多大なご迷惑をお掛けしました。 
      当店も少しずつではありますが、復興・商品販売ができるまでになりました。 
      津波により鮮魚・貝類・海藻類の販売はまだ出来る状態にはありませんが、 
      現在販売のできる冷凍サンマや干物などを心をこめてお送りしたいと思います。 
      運送会社などの関係により多少商品到着の遅れなどあるとは思いますが 
      何卒ご理解の程宜しくお願い申し上げます。

      東電の発表した原発事故の収束工程、ほぼ実現不可能であることが判明

      http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819595E3E5E2E3E58DE3E5E2E6E0E2E3E39C9CEAE2E2E2 


      東京電力が17日発表した福島第1原子力発電所の工程表は、 
      原子炉の冷却や放射性物質の放出抑制などの重要課題に2段階で取り組む目標を示した。 
      「工事をやると決めてから資材を取り寄せることもこれまでままあった」(海江田万里経済産業相)というが、 
      今後は計画的な発注が可能になるとの期待がある。 
      放射線量が高い作業環境で、工程を遅れなしにこなすには課題も山積する。 

      工程表によると原子炉冷却のため、燃料棒が入った圧力容器の外側にある格納容器の大半を冷却水で満たす「水棺」方式を採用する。 
      まず1、3号機で実施する。 

       急速に冷えると容器内の水蒸気が水になり、水素ガスなどの濃度が相対的に上がって水素爆発の危険性が増す可能性がある。 
      工程表では予防的に安定した窒素ガスで格納容器を充填するとしているが注意が必要だ。 

       2号機は格納容器の一部、圧力抑制室が損傷して放射性物質の高濃度汚染水が漏れ出ているため事前に修復しなければならない。 
      工程表は粘着質のセメントで損傷部分をふさぐとしたが、作業は危険を伴う。 
      他の原子炉に比べ冷却に時間がかかりそうだ。 

       工程表によると2号機は当面、最小限の注水による冷却を続ける。 
      水素爆発を防ぐために窒素ガスも入れる。 
      内部の温度や圧力、漏水の状況などをみながら慎重な操作が欠かせない。 

       水棺の実施後も、水が徐々に温まるので炉が十分に冷えない可能性がある。 
      工程表では1~3号機とも、温まった水から熱を奪う熱交換器を設置するとしている。 
      ただ東電によると1号機の原子炉建屋内の放射線量は毎時270ミリシーベルトと極めて高く、作業員が入れる状況ではない。 
      熱交換器をどの配管とつなげば循環させられるかなどの検証にも時間を要する。 

      東電福島事務所は原子炉から燃料棒を取り出すのは「1、2年のスパンで考えている」と説明する。 
      東芝や日立製作所などは海外メーカーと組んだ廃炉計画を提案しているが、損傷した燃料棒の扱いは難しい。 
      原子炉解体や建屋撤去などの処理を終えるまでに、10~20年かかるとされる。 
      冷却など当面の対策が不十分なら、作業はさらに長期化する可能性がある。 




      日経新聞 

      ------------------------------------------------------ 

      さらに今日の「スーパーニュースアンカー」(関西ローカルかな?)で、 
      青山氏が「行程表の内容は他国、日程は日本官邸が決めた。現場の技術者は無理な日程だと語る」と。 


      さらに、静岡県の浜岡原子力発電所を大至急止める必要がある、と。 

      次に動く危険性のあるプレートの真上に建ってるらしい。 



      原子力発電所は日本の技術ではなく他国の技術、それも軍事技術に該当。 

      未だに公表されていない機密文書があるらしい。 

      なんだそりゃ! 



      とにかく今日のアンカーの青山氏は凄かった。 

      youtubeにあがらないかな。 

      釘づけでした。 

      【ココさん日記】被災地でのお酒

      以前、つぶやきのところで、 

      「被災地にお酒は贈っていいものか?否か?」 

      みたいなやり取りがありました。 

      ココさんの日記が参考になると思いますので転載いたします。 

      ココさんありがとうございます。 

      以下。 



      ------------------------------------- 





      被災地からお酒を送ってほしいと頼まれる人いるみたいです。 
      あとは、ボランティアで被災地に行ってる人がお酒を飲ませてあげたいと話して、用意しているという話も小耳に挟みました。 

      阪神淡路大震災の時、こころのケアにあたったのが、震災復興基金の財源を受けて、兵庫県精神保健協会に設立されたこころのケアセンター。60名が在籍し、生活再建への援助、県内外の被災者、ボランティア、行政職員、医療スタッフなどへのこころのケアにあたったそうです。 
      阪神淡路大震災の時の2万件以上の面接・相談をまとめた結果。 
      アルコール関連問題は6位。 
      ちなみに、 
      1位 不安  
      2位 対人関係上の悩み 
      3位 睡眠障害 
      4位 抑うつ 
      5位 身体症状 
      6位 アルコール関連問題 
      7位 行動上の問題 
      8位 幻覚妄想 
      9位 PTSD 
      10位 その他の気分障害 

      PTSDが被災者の10%にみられたっていう調査結果があったけど、この調査だと9位。「不安で眠れなくて」とか、「気分が落ち込んでご飯が食べられません」とかで相談に来る人は多いだろうけど、「PTSDで困ってるんです」って自分で相談に来る人はきっと少なくて、おそらく、不安・睡眠障害・抑うつを訴えて、相談にきた人の中にもPTSDの人いるんだと思います。 
      でも、6位にアルコール問題があがるのはやっぱり多い。 
      相談者は70%が女性。 
      男性相談者は30%しかいないけど、そのうちアルコール関連問題の相談は16.9% 
      それは女性の14倍です。 

      「阪神淡路大震災以前から、トラウマ体験をしている人、特に大切な人を亡くす体験をしている人は飲酒量が増える人が多いと確かめられている。しかし、それがすぐ問題飲酒行動(酒飲んで喧嘩とか)やアルコール依存症に結びつくというものでもない。習慣的過量飲酒が始まってから、アルコール依存症が形成されるためには通常数年を要する。阪神大震災後被災者に見られたアルコール関連問題のケースの多くは震災前からの問題飲酒者であった。」 
      と、本に書いてありました。 
      ただ、震災後に始まった習慣性の過量飲酒がアルコール依存症に発展する例もあったことは確かなようで、予防対策が望まれると書いてありました。 
      ・・・難しい。 

      ここからは私の意見。 
      お酒を飲むこと自体は悪くないと思いますが、ひとりで仮設住宅にこもって飲んだりするのは心配。ひとりで飲むのは勧めないほうがいいと思います。心置きなく気兼ねなく飲める人と一緒に飲むならあり。 
      とにかくひとりで飲んでつらさを忘れたいような人はうっとうしくても誰かと一緒がいいと思います。 
      避難所でお酒を振る舞おうと思っている人。 
      これからは復興へ向けて立ち直りの早さに格差が出てきます。そして、避難所で気を張り詰めて、協調性を保とうとがんばってる人いると思います。一見元気そうに見えてそうではない人も。現実をどこまで受け止められているかも個人差があると思います。 
      お酒、みんながマナーを守って、いい具合に飲んで楽しく過ごすというのは難しいのでは?ストレスはもう限界を超えているのに、いろんなこと我慢している状態で、理性が飛んだらどうなるか、誰もわかりません。田舎なのに避難所で喧嘩になんかなったら大変。私は避難所ではお酒はやめたほうがいいと思います。

      【宮古】笑顔で三陸観光音頭 観光大使2人





      http://www.iwate-np.co.jp/hisaichi/h201104/h1104182.html 



       宮古市出身の歌手で宮古観光親善大使の金沢未咲さん(28)=東京都在住=と小田代直子さん(25)=宮古市在住=は17日、同市田老のグリーンピア三陸みやこで演歌・民謡コンサートを開き、避難住民に心のこもった歌声を届けた。 

       「歌を通して笑顔になってほしい」との思いから企画。2人は「津軽の花」や「雪んこ海峡」「外山節」などを熱唱。「三陸観光音頭」では住民と一緒に踊りを練習し、交流を深めた。 

       3月11日、小田代さんは仕事で仙台市に向かっている車中で被災。食事も取れないまま、3日間車中泊し、その後、宮城県内の避難所で2日間過ごした。地元に戻ってきた時は「変わり果てた町の姿がショックで言葉にならなかった」という。 

       金沢さんは東京にいたが、家族と連絡が取れず不安な日々を過ごした。3日目にやっと両親の無事を確認。「ほっとしたが、テレビで津波の映像を見ていたので地元のために何かしたいと思った」と振り返る。 

       2人は5月に宮古市民文化会館でコンサートを開く予定だったが、震災の影響で中止に。「ここから私たちもスタートしていきたい。一緒に頑張りましょう」と呼び掛けた。 

       避難所で生活する男性(61)は「一緒に口ずさんだりして、楽しむことができた。こういう時間を過ごすことで何か始めるきっかけにしたい」と語った。 

      【写真=「三陸観光音頭」に合わせて、避難住民と一緒に踊る小田代直子さん(左端)と金沢未咲さん(前列左から3人目)】 



      岩手日報 

      「石原軍団」が炊き出し 宮城県石巻で






      http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110414-00000023-maip-soci 



       石原プロモーション所属の俳優ら「石原軍団」が14日、避難所となっている宮城県石巻市中央公民館を訪れ、被災者へカレーや焼きそばの炊き出しをした。20日まで被災地で毎日炊き出しを続けるという。 

      【芸能界も続々協力】ジャニーズ募金 来場者は延べ39万人に 

       阪神大震災の時も渡哲也さんらは、現地入りして炊き出しで被災者を元気づけた。今回はライフラインの復旧を待って被災地へ。昼夜1000食ずつを用意し、握手や写真撮影にも応じる。 

       「頑張ってください」と笑顔で声をかける渡さんから食事を受け取った同市三ツ股の木村裕子さん(29)は「久しぶりの温かい食事でうれしい。頑張ろうという気になる」と興奮気味だった。 



      毎日新聞

      2011年4月16日土曜日

      ゼーカー

      娘が風邪をひいた。 


      産まれて初めての病気で夫婦ともにてんてこ舞い。 


      義母に迎えにいってもらい、坐薬を入れてもらう。 


      鼻水が凄くて、鼻が詰まって息が苦しそう。 


      寝るときはうつぶせで親指をしゃぶりながらじゃないと眠れないもんだから 


      鼻が詰まっている=眠れない。 


      かわいそうに。 








      できることなら変わってあげたい、と思ってたら伝染ってるし、オレと嫁。

      たんたんたんときてたんとござれ〜




      観光音頭が急に聞きたくなり、探してたら、宮古市出身の演歌歌手の方が出てきた。 









      黒沢尻工高が宮高ラグビー場を整備

      http://www.iwate-np.co.jp/hisaichi/h201104/h1104071.html 


       高校ラガーマンが復興に向けスクラム−。北上市の黒沢尻工高ラグビー部は6日、宮古高ラグビー部が活動拠点としている宮古市宮古の河川グラウンドの汚泥を撤去した。地震津波発生以来使用できずにいたが、復旧に一歩踏み出した。 

       「同じラガーマンの苦境に何か手助けがしたかった」と黒沢尻工高の高橋智也監督。部員ら45人と駆けつけ、汚泥をグラウンド外に運んだ。 

       宮古高の部員も加わり、夕方にはグラウンドの土が見えた。ラグビー用具などの提供も受けた宮古高の長門優汰主将(3年)は「ここから頑張れと励まされた。津波に負けないという気持ちをプレーで見せたい」と感謝した。 

      【写真=グラウンドに堆積した汚泥を撤去する黒沢尻工高ラガー】 

      岩手日報(2011.4.7)

      「宮古はあきらめない」 魚市場、震災から1カ月で再開

      http://www.asahi.com/national/update/0411/TKY201104110074.html 




       大きな被害が出た岩手県宮古市の市魚市場が11日、再開した。「宮古は水産業をあきらめない。そんなメッセージを一刻も早く全国に発信したい」。震災から1カ月での復活には、漁協組合長の強い思いがあった。 

       この日は、朝から近郊の港で揚がったタラなどが競りにかけられる予定だったが、陸送トラックのタイヤがパンクして来られなくなったため、急きょ中止に。午後に、宮古漁協所属のトロール船などでとれた魚の水揚げと競りが予定されている。 

       市場を運営する宮古漁協組合長の大井誠治さん(76)は「少し残念だけど、焦りはない。まずはきょう、市場の再開を果たせたことを喜びたい」と話す。 

       震災が起きた先月11日。大井さんは理事を務める全漁連による陳情のため、東京にいた。「一刻も早く対策の陣頭指揮をとりたい」と帰路を模索したが、交通機関がまひ。足止めされ、宮古へ戻れたのは震災から3日後の14日だった。 

       震災後、初めて目にした魚市場は、津波で屋根と柱しか残っていなかった。多くの漁船や漁具が流失し、冷凍・冷蔵庫も壊滅していた。「天災とはいえ、こんなに徹底的にやられるなんて」。つい先日まで活気のある競りのかけ声がこだましていた。そう思うと、涙がこぼれた。 

       宮古生まれの宮古育ち。父が水産会社を経営しており、幼少の頃から市場に親しんできた。自身も、漁業と加工を兼業する水産会社の社長としても市場にかかわってきた。 

       製氷工場は損壊したが、氷の一部を貯蔵する宮古漁協の田老地区工場は被災を免れ、市場運営に必要な氷の3〜4カ月分は確保できていた。氷を砕く機械も軽い故障で済んでおり、遠くない将来に市場を再開できると直感した。 


       漁協職員ら約20人は震災3日後から市場内のがれきや泥の撤去に着手。フォークリフトやスコップなどで少しずつ清掃した。家が流された職員もいるが、ほぼ休みのない日々が続いた。大井さんは「魚市場再開が宮古市の復興につながるという気持ちでみんながやってくれた」と振り返る。 

       震災では、県内の111漁港のうち105港が被害を受けた。水産業全体の被害額は1千億円を超えた。それでも大井さんは前を向く。 

       「マイナスからのスタートなのは間違いないが、宮古が東北の水産業を引っ張るつもりでがんばりたい」(長野佑介) 


      朝日新聞