2011年3月28日月曜日

写真、ということ

今、有名な戦場カメラマンの方が宮古にいらっしゃるらしい。 




ありがたい話だ。 




僕が好きな写真家の石川直樹さんも。 





子供とか、喜んでたらいいな。少しでも活気づいてくれればいいと願う。 






震災後、ずっとテレビを見ている。 




崩れかけの自分の家に戻ってきて、貴重品や形見、まだ使えるものを探している人の姿がよく映る。 





出てきたのは家族のアルバム。 




夫「あ~、あったあった。これこれ、よがったみつかって。こういうのは持っとがなきゃ」 




妻「よがったねえ。はい袋。」 





夫婦はビニール袋に額縁を5枚ほど入れて避難所に帰っていく・・・。 





写真って大事なんだと思う。 




いまさらなんだけど。 




結局、色々忘れてしまうから。 




僕はいまさらになって、なんでもっと撮っておかなかったのかと悔やむ。 




もっともっと撮れたはずなのに、宮古に帰ってはだらだらと遊び呆けていた。 




写真を撮るということを、片時も休んじゃ駄目なんだとおもう。 




しかし僕が今、宮古に帰ったとして、何を撮ればいいのか。撮らなくてはいけないのか。 




果たして、そもそも帰るべきなのか。帰ったところで邪魔以外の何物でもないとも思う。 




水も飲めば、飯も食う、ゴミも出すし、クソもたれる。 




来週、小鯖くんが宮古に帰るという。 





小鯖「テレビなんかでは伝わらねえものがあるど思う。俺は見でおかなきゃねえど思う。今の宮古を。もちろん、現地の人の邪魔にならねえように。」 





現地に行って、俺は写真どが撮っていいのがな? 





小鯖「言ってる意味がわがんねえ。おめさんは写真が撮れる人なんだよ。おらがケータイで撮るのど、おめさんが写真を撮るのでは違うんだがら。何を悩むごどがあんのがね。」 





もっと被災前の写真を撮っておくべきだった、と後悔するように、 




あの時、宮古に帰って写真を撮るべきだったと後悔する日がくるのだろうか? 





今の宮古でシャッターを押せる気がしない。 










みんなが 
やすらぐ 
このまち宮古、関西。 

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