2011年3月30日水曜日

セガ通信







セガ「最近帰ってきた。今、八王子。」 






震災の直後に連絡がとれて、それ以来になっていた。 
神奈川でガスの配管工として働く彼は大規模災害の度に、現地に向かい復旧作業に当たる。 
新潟の時も、今回も。 







セガ「茨城に行ってきた。4日くれえだったがな。まあ、早ぐ終わったがな。ガスに関しては茨木は被害はそこまでじゃながったしな。まあ、おらの家族も一通りは無事だったがな。鍬ケ崎の親戚のあめやはかなりみてえだ。まったくなぐなったみてえだ。まだ大槌と釜石の親戚の安否がわがんねえ。死亡のほうもみでんだげどな。まだででねえ。」 






俺「そうが。東京のほうは物資はあんのが?水どががねえってきぐぞ。大丈夫が?」 






セガ「ああ、こっちは大丈夫だ。GWは帰んのが?」 






俺「一応、帰るつもりだ。ガソリンがねえらしいがら、どうなっかわがんねえげど」 






セガ「ガソリンが。おれは別で積んで行ぐ。」 






俺「え?ガソリンって別容器につんじゃ駄目だべ。」 






セガ「ポリタンクどがじゃ駄目だげど、それ用の容器にちゃんと入れれば別に問題ねえ。まあ帰れればの話だげどな。」 







俺「次はどごなのや?」 






セガ「まあ、仙台だな。かなりやべえみてえだし。宮古の復旧にあたりてえげどな、今すぐに行ったどごろででぎるごどもねえし、鍬ケ崎がどうなってっか、あ、わり、切るわ。」 












復旧作業にあたっている人を見かけたら、心の中でいいので、労ってあげてください。 
彼のように、自分の故郷ではない場所を一生懸命復旧しているかもしれませんから。 











みんなが 
やすらぐ 
このまち宮古、関西



2011年3月28日月曜日

たけお通信

消防団員として奮闘する、たけおくんとやっと昨日通信が。 
報道ステーションに出演し、古館さんからのインタビューを受けた彼。 
おれはテレビで彼が生きていることを知った。 






たけお「今、三分団にいだ。」 






ペレ「おお!何が欲しい!なんでも送るぞ!何でも言え!」 






たけお「いや~、ありがてえごどに、ものはなんとなくは手に入るようになったんだ。車は2台やられだげど、1台はのごったし。強いて言うなら・・・。」 






ペレ「お菓子が!?歌舞伎揚げが欲しいんだべ!」 






たけお「いや、おれんちお菓子屋だし。タバコが欲しい。とにかくタバコがねえんだよね。消防団員があれだげど。」 






ペレ「何吸ってんのや?」 






たけお「いや、もうなんでも吸ってる。手に入るたばこはなんでも。それくれえ無えのよ。わかばでもピアニッシモでも。」 






ペレ「オッケー、タバコね。被災してがらどうしてだのや?」 







たけお「避難所に10日くれえいだんだげど、家の電気が通ったがら帰ってきたの。家電は全部やられだし、店もアウトだ。まあ、形が残ってるだけましだな。電気が通ったら次は漏電で火事になっから、とりあえず帰ってきた。」 







ペレ「そうが、じゃあ、エロビデオのコレクションもアウトが。」 







たけお「いや、それは大丈夫。1テラのハードに全部入れであっから。あれがやられでだったらかなりへこむわ。無事だった。」 







ペレ「そうが、子供は?大丈夫が?今なにが流行ってんだ?」 






たけお「娘2人、いまはプリキュアだね~。」 







ペレ「にしても、随分連絡とれながったな。」 







たけお「そうなのよ。スマホがさ。震災前にドコモのレグザのスマホにしたんだげど、それがよぐながったのが、なんかおれだげ通信でぎなくてさ。なんなのやって。スマホが悪いのが、ドコモが問題なのが、俺が悪りいのがわがんねんだげど。もうスマホには参った。なにがスマホなんだが。」 












たけおに送る物資。 

マイルドセブン、プリキュアグッズ、オナホ。 

以上。

マコチン通信

マコチンと連絡が取れた。








電気がやっと復旧したため、携帯の充電ができて電話が可能に。




俺「物資送るぞ!何がいい!なんでも言え!何が欲しい!」


 

マコチン「え、えーとね、歌舞伎揚げ。」





…。





一生分の歌舞伎揚げを送ってやる!

宮古に帰った友人と話してみた。



宮古に帰るのは早くてもGW前後にすることにした。


いますぐ帰るのは懸命ではない。


いますぐの写真を撮っていいのは、報道か宮古に縁のない人のみだ。



人災が起こりつつある。おもに窃盗。


避難所では物資が溢れて、家が無事だった人が逆にひもじいことになっている。


家が無事な人は避難所で食事をもらいにくい。



いまは報道が宮古に向いているが、この先どうなるか…。


すでに世界はリビアにスイッチ。



報道されないところで、人間の黒い部分が少しずつでてきている。


1ヶ月後に必要なものはなんだろう?

キンタグ通信

キンタグが自宅を見てきた、と画像を送ってくれた。


山田の八幡町。


このあたりは津波ではなく、火事でやられたらしい。



画像2はキンタグの家。














写真、ということ

今、有名な戦場カメラマンの方が宮古にいらっしゃるらしい。 




ありがたい話だ。 




僕が好きな写真家の石川直樹さんも。 





子供とか、喜んでたらいいな。少しでも活気づいてくれればいいと願う。 






震災後、ずっとテレビを見ている。 




崩れかけの自分の家に戻ってきて、貴重品や形見、まだ使えるものを探している人の姿がよく映る。 





出てきたのは家族のアルバム。 




夫「あ~、あったあった。これこれ、よがったみつかって。こういうのは持っとがなきゃ」 




妻「よがったねえ。はい袋。」 





夫婦はビニール袋に額縁を5枚ほど入れて避難所に帰っていく・・・。 





写真って大事なんだと思う。 




いまさらなんだけど。 




結局、色々忘れてしまうから。 




僕はいまさらになって、なんでもっと撮っておかなかったのかと悔やむ。 




もっともっと撮れたはずなのに、宮古に帰ってはだらだらと遊び呆けていた。 




写真を撮るということを、片時も休んじゃ駄目なんだとおもう。 




しかし僕が今、宮古に帰ったとして、何を撮ればいいのか。撮らなくてはいけないのか。 




果たして、そもそも帰るべきなのか。帰ったところで邪魔以外の何物でもないとも思う。 




水も飲めば、飯も食う、ゴミも出すし、クソもたれる。 




来週、小鯖くんが宮古に帰るという。 





小鯖「テレビなんかでは伝わらねえものがあるど思う。俺は見でおかなきゃねえど思う。今の宮古を。もちろん、現地の人の邪魔にならねえように。」 





現地に行って、俺は写真どが撮っていいのがな? 





小鯖「言ってる意味がわがんねえ。おめさんは写真が撮れる人なんだよ。おらがケータイで撮るのど、おめさんが写真を撮るのでは違うんだがら。何を悩むごどがあんのがね。」 





もっと被災前の写真を撮っておくべきだった、と後悔するように、 




あの時、宮古に帰って写真を撮るべきだったと後悔する日がくるのだろうか? 





今の宮古でシャッターを押せる気がしない。 










みんなが 
やすらぐ 
このまち宮古、関西。 

2011年3月21日月曜日

復活!

嫁が、 



「家族が被災地に居るんです!ネット工事どうにかしてください」 




とNTTに電話してくれたため、 




「上のものと相談して、どうにか31日に工事が出来そうです」 




とさっき連絡があった。 ナイス嫁、ナイスNTT。 




もいもいさんに教えてもらったWimaxも申し込んだ、 




今の住まいのネットは解約してない。 




新住所の開通は今月。 




今月は3回線分のネット料金を払うことになった・・・・・。 




しーさんから「え?え?どっか行っちゃうの?」 




ってメールが来たけど。どこにも行きません。 




なんか、変な誤解を与える日記を書いてしまったか。 




まだまだ安否確認取れてない親族もいるし、 




あまりふれてないが、兄が宮城の若林区にいる。 




宮城も大変そうだ。宮古の友人ばっかりに頭がいっていて少し忘れていた。 





復興に向けて大変なのはこれから。 




生きていた、そしてまた生きていかなくてはいけない。 




住宅、食糧、交通。 




しーさんのアナルも、エブリタイム青春のアナルもスカンタさんの痔も舐めなくてはいけない。 





がんばっぺし。 







みんなが 
やすらぐ 
このまち宮古、関西

地元

引っ越しに際してネットがいつどうなるかわからない。 


いま、段ボールに囲まれてパソコンをコチコチしてます。 


書けるうちに書きたいこと書いときます。 





宮古を離れて10年以上経ちました。 


現在、京都府に住んでいます。 


関西に来て、 


「なんで東京通り越して、関西まで来たの?」 


と、よく聞かれます。 


1万回は聞かれたと思います。 


で、2万回は適当に答えました。 


なんか、その答えが少し見えた気がしています。 




--------------------- 





高校時代はバレー部に所属してたのですが、先輩が大っ嫌いで(先輩もおれのこと嫌いだったんだろうな) 


1年の途中から行かなくなりました。 


退部届も出さないまま。 


2年になって、バレー部の顧問が変わりました。 


人間関係を把握できてない新顧問(トンビとあだ名で呼ばれてた)は、 



「辞めるなら辞める、辞めないなら来る。はい、退部願い。書いて。」 



ピャピャっと書きました。 



で、しばらくどこのクラブにも所属しませんでした。 


2年の時の担任に、 


「お前は素行も悪い、勉強もできない、委員会、生徒会もやってない。せめてクラブには入れ」」 


と会うたびに言われました。 



めんどくさいので入りませんでした。当時、スパーでバイトしてたんで。 



「活動しなくてもいいから、所属だけしろ」 



といわれました。廊下で。それが写真部の部室の前でした。(生物室の付近) 



嘘みたいだけど。ほんとだよ。 



「じゃあ、写真部にはいります。それでいいですか?」 



で入部。 



何ヶ月かして放課後、クラスの前に小柄な老人が立っていました。 



齢、50~55といったところでしょうか。 



写真部の顧問だと名乗るその人物に、 



「写真の大会がある。カメラを貸す、なんでもいいから撮ってプリントしてだせ。それだけでいい。」 



それで、がんばって活動してくれてることにしてくれるとその老人がいうので撮った。 



バスケ部の所に行って、なんとなく友人が談笑してるところを。(マイミクのhanaちゃんを) 



しばらくするとまた廊下に老人が立っている。 



「お前がこの間撮った写真を大会に出した。賞に入ったぞ」 



ふ~ん。なんか意図しないとこで面白いことになったなと思った。 



そんなこんなが続き、結局、高文祭(高総大の文化部バージョン)では最優秀賞。 



全国大会行きを果たした。(野球部なら甲子園、ラグビー部なら花園クラス) 



僕らの年のラグビー部は強かったから花園まで行った。 



正門のところに全国大会に行ったクラブの垂幕が出る。 



「ラグビー部 花園出場!」 



その横に「写真部 全国大会出場!」があったことを知る宮高生はほとんどいないだろう。 



畜生。 




だらだら遊んでいて進路もろくに決めていなかったが、3年の11月くらいに、 




「そうだ、芸大なら入れるのでは?」 




なにをトチ狂ったか、ふと思いつき、進路相談へ。 



運が良かったことにその年から一芸入試というのが始まったところだった。 



デッサン、色彩構成などを受けることなく、一芸に秀でていれば入学できるというやつ。 



入試の日程を調べてみたらほとんど終わってら。 



3年の11月に思いついたんだから遅すぎる。 



で、まだ受け付けてたのが京都の短大。 



当時、親が58で2年しか無理って言われていたので、ああここだ、ここしかないと。 



以上。 



こんな理由。 



胸を張って言える話ではない。 




結果論にすぎないと言われればそれまでかもしれないが、 




関西でいい人たちに会うことができて幸せだと思っています。 



阪神大震災を経験した皆さんはいま、僕のことを支えてくれています。 



滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良はもちろん、三重、岡山、島根、福岡、熊本。 




西日本全域に友人がいます。 




宮古を離れて、ずっと心細かった気持ちがありましたが、今はそれがありません。 




関西も宮古も、僕の地元です。 




「なんで東京を通り越して、関西に来たの?」 




と次に言われる機会があったら。 





「地元だから。」 





と答えます。 





明日は引っ越しです。新居はネットがまだひかれてません。 



日記は書けないかもしれないですが、宮古の情報をつぶやき続けます。 



すこしでも、誰かの役に立つ情報が、誰かに届けばと思います。 



最後まで読んでくれた人、ありがとう。 










みんなが 
やすらぐ 
このまち宮古、関西。 


    2011年3月20日日曜日

    関西の皆様へ

    被災地に対して、自分が何をできるか、何をしたらいいかわからない。



    という声をよく耳にします。



    こういいうのはいかがでしょうか?




    消費。




    宮古、岩手、東北のものを買う。




    そうすることによって、経済がまわり、うんぬんかんぬんという話をきいたことがあります。




    経済のしくみとか詳しいことは三流短大卒の僕にはまったくわかりません。
    (池上さんか勝間にきいてください、森永と茂木はやめておいてください、ろくなこといいません)





    関西にはなかなか東北の文化、情報というのは入ってこないものです。




    県民ショーではかなりねじ曲がった情報を流してますし。




    東北の食べ物、文化を知っていただく、いい機会なんじゃないでしょうか?




    それで東北の経済がまた潤うなら。




    で、




    心斎橋のハンズの横にジェンゴという店があります。





    http://www.jengo.jp/blog/




    ここで東北六県のものが買えます。




    僕はよくここで買い物をします。




    震災の影響がどうでているかはわかりません。




    もしかしたらすごい賑わっているか、棚にあるだけしかないか。店しまってるか。わかりません。




    もし、心斎橋に買い物に行った際にはお立ち寄りを。






    で、




    僕のおすすめ。
    (ジャンゴにおいてるかどうかはわかりません)


    1位、海産物全般

    僕がよく買うのはかんづめにウニ、アワビ、ホタテの入った「いちご煮」というやつ。
    あとは味噌汁に入れる「まつも」と「ふのり」です。
    漁業が打撃を受けたのでいま店頭にある分で最後の可能性があります。


    2位、小岩井農場商品全般

    なんでもおいしいと思います。
    バター、チーズケーキ、燻製、マーガリン、ジャム。
    本当になんでもおいしいです。


    3位、酒全般

    岩手には酒造が沢山あります。どこもおいしいです。(僕は全く飲めませんが)
    宮古の唯一の酒造は菱屋酒造です。残念ながら菱屋さんのお酒はジョンゴにはありません。
    ちなみに僕は菱屋さんの経営する保久田のローソンでバイトしてました。
    http://otokoyama.ftw.jp/index.html


    4位、スイーツ

    僕が買うのは「かもめのたまご」です。
    宮古のお菓子としては「いかせんべい」、「やまだせんべい」です。
    ジェンゴにあるかはわかりません。


    5位、宮沢賢治関連(ジェンガにあるとかはもう関係なくなりました。Amazonでどうぞ)

    岩手といったらこの人しかいない文化人。
    しかし、関西ではあまり有名ではないのも事実。
    教科書に載ってるので日本国民全員が知ってる人だと思い込んでいました。
    関西の教科書には出てきません。
    「注文の多い料理店」、「銀河鉄道の夜」、「やまなし」、「セロ弾きのゴーシュ」・・・。




    です。








    みんなが
    やすらぐ
    このまち宮古